「【声明】松野博一官房長官による関東大震災朝鮮人虐殺の歴史否定に抗議する」を発出しました

【声明】松野博一官房長官による関東大震災朝鮮人虐殺の歴史否定に抗議する」

 2023年8月30日(水)に実施された内閣官房長記者会見において、松野博一官房長官は、1923年9月の関東大震災時に惹き起こされた朝鮮人虐殺事件を「政府として」どのように受け止め、「何を反省点としているのか」と問うた記者の質問に対し、「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と答え、もって虐殺の歴史的事実を否認した。この事態に対し、当会は、以下に述べる理由から断固抗議の意思を表明する。

 (1)第一に、「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」とする答弁それ自体が、明確な虚偽である。直近のものに目を向けても、2008年に内閣府中央防災会議の「災害教訓の継承に関する専門調査会」が作成した「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成二十年三月 一九二三関東大震災報告書【第二編】」(以下「報告書」)においては、震災直後の殺傷事件の中心をなしたのが「朝鮮人への迫害」であったこと、「軍、市民、警察ともに例外的とは言い切れない規模で武力や暴力を行使した」ことが記述されている*1。2008年当時、報告書の主査を務めた鈴木淳氏(東京大学教授)も、2023年9月に朝日新聞が実施した取材において、「報告書は、政府機関が当時公表した情報からどれだけのことが言えるかという、非常に限定的な範囲のもの」と留保をつけつつも、「広域で、偶発的にではなく、朝鮮半島出身の人たちが傷つけられたり殺されたりしたことは証明できた」と明言しているところである*2。松野官房長官は、2023年8月31日の会見において、「(報告書の)当該記述は有識者が執筆したものであり、政府の見解を示したものではない」と述べている。しかし、他ならぬ内閣府の設置になる専門調査会によってまとめられた報告書の記述を、行政府の側が何らの根拠を提示することもなく否定する事態は、理解に苦しむ。

 (2)第二に、関東大震災時における朝鮮人虐殺の事実を否定する見解は、今日にいたる学術研究・調査を通じて発見されてきた史料・史実の存在を踏まえた時、到底成り立ち得ない。行政側の史料に視野を絞っても、司法省などの各省庁や、警視庁・関東戒厳司令部等によって作成された事件記録・調査書などに加え、朝鮮人殺傷事件に関する裁判記録も存在することがわかっている。これらの史料の中には、現在、防衛省防衛研究所や国立公文書館アジア歴史資料センターなどの公的機関において保管・閲覧供与されているものや、『関東大震災政府陸海軍関係史料』全3巻(松尾章一監修、日本経済評論社、1997年)などの刊本を通じて翻刻・公開されているものも存在するが、その一部は、上述した2008年報告書における記述の根拠となっているところである。

 さらに、行政サイドで作成・保管されてきた文書のみならず、民間記録を含む、実に多様な史料がこれまで発見されてきていることも特筆しなければならない。関東大震災時の殺傷事件に関しては、1960年代以降に研究が大きく進展したが、その過程では、各種新聞報道や、関係者の供述、目撃者の記録・伝聞情報のほか、元兵士による回想録など、多くの史料・証言が発見され、分析されてきた。その成果は、既に、姜徳相・琴秉洞編『現代史資料(6)関東大震災と朝鮮人』(みすず書房、1963年)、姜徳相『関東大震災』(中公新書、1975年)、山田昭次『関東大震災時の朝鮮人虐殺―その国家責任と民衆責任―』(創史社、2003年)、松尾章一『関東大震災と戒厳令』(吉川弘文館、2003年)などの、膨大な数の著作に結実している。しかるに、このたびの松野官房長官の答弁には、そうした学術研究の成果に誠実に向き合う姿勢がみじんも見られず、到底容認することはできない。

 (3)上記のことに明確な通り、松野官房長官の発言は、今日にいたる専門調査・学術研究によって明らかにされてきた史料ならびに歴史的事実を隠蔽する歴史修正主義的言説と言うほかない。以上をふまえて当会は、日本政府に対し、関東大震災時における朝鮮人虐殺の史実を真摯に受け止めること、今般の松野官房長官の発言を即時撤回し、しかるべき謝罪と責任を果たすことを強く求める。

2023年10月1日

東京歴史科学研究会

*1:防災情報のページ-内閣府“報告書(1923 関東大震災第2編)”〈https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/index.html〉.内閣府.参照2023年9月24日

*2:朝日新聞デジタル“政府は朝鮮人虐殺「記録ない」報告まとめた学者は「読んで判断を」”.〈https://digital.asahi.com/articles/ASR9K4T1YR9FUTIL01X.html〉.朝日新聞社.2023年9月18日.参照2023年9月24日

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