「【声明】群馬県による朝鮮人労働者追悼碑の破壊を断固非難する」を発出しました

【声明】群馬県による朝鮮人労働者追悼碑の破壊を断固非難する

 2024年1月29日、群馬県は、群馬県立公園「群馬の森」を全面閉鎖するとともに、同公園にある朝鮮人労働者追悼碑(以下、「追悼碑」)を破壊するという挙に出た。この追悼碑は、2004年、「群馬県朝鮮人・韓国人強制連行犠牲者追悼碑を建てる会」(「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を建てる会)が建立したものである。追悼碑の碑文は、1940年代に日本の植民地支配下に置かれていた「多くの朝鮮人が全国の鉱山や軍需工場などに動員され、この群馬の地においても、事故や過労などで尊い命を失った人も少なくなかった」との認識に立った上で、「私たちは、かつてわが国が朝鮮人に対し、多大の損害と苦痛を与えた歴史の事実を深く記憶にとどめ、心から反省し、二度と過ちを繰り返さない」ことを表明していた。そして、そのような朝鮮人犠牲者を追悼するために、この碑を建立する旨が、そこには刻まれていた。

 私たち東京歴史科学研究会は、2014年以来、追悼碑をめぐる行政・社会の動向を注視してきており、同年7月には、追悼碑の存続を求める内容の声明を発出している。そのような当会にとって、今般の群馬県の行いは、下記二点の理由から、到底承服しがたいものである。

 第一に、追悼碑の破壊が、歴史修正主義の風潮を高める事態を強く警戒する。アジア太平洋戦争時の群馬県において、中島飛行機など軍需会社の経営する工場や、日発岩本発電工事などの工事現場、吾妻硫黄鉱山などの採掘場に多くの朝鮮人労働者が動員されたこと、また、その背景に、国家総動員法の下、日本政府が策定した労務動員計画が存在したことは、紛れもない歴史的事実である。加えて当時、苛酷な労働条件・生活環境に置かれた朝鮮人労働者のなかに、命を落とす者が少なからず存在したことも、これまでの調査・研究を通じて明らかにされている。ゆえに、追悼碑の碑文が表明する歴史認識(上掲)は、全く正当なものと言わざるを得ない。しかるに、今般の群馬県の行いを契機として、朝鮮人労働者強制連行・強制労働の実態が隠蔽されるならば、日本の植民地支配の史実を否認する昨今の歴史否定論にさらなる拍車がかかることは必至であろう。

 第二に、今般の群馬県の措置が、明らかな人権侵害であることを指摘しなくてはならない。追悼碑に対する群馬県の敵対的姿勢は、2014年に遡る。同年、群馬県は、追悼碑前で開かれた朝鮮人犠牲者追悼式を「政治的行事」であると断じ、かつ、そのことを理由に追悼碑設置の更新を認めない措置に踏み切った。今回の追悼碑破壊は、上述した2014年における県の判断を実行に移したものと言える。しかし、これは、行政権の濫用によって、市民の「表現の自由」を侵犯する行為に他ならず、日本国憲法が保障する精神的自由権への重大な挑戦と言わざるを得ない。山本一太群馬県知事は、1月25日の定例会見で、追悼碑が「不許可のまま設置されているのは違法」・「撤去要請に応じないのは公益に反する」などとして、追悼碑の破壊を正当化したが、真に違法なのは、市民の正当な言論活動・表現活動を公共空間から排除しようとする県の行為であること、言を俟たない。人権侵害の上に実現する「公益」になぞ何らの価値も認められず、私たちはこれを断固として拒否する必要がある。

 以上の理由から、私たち東京歴史科学研究会は、今般の群馬県による無法な振る舞いを決して許さないことをここに表明する。

                                                      2024年2月13日

                                                    東京歴史科学研究会

PDFデータ