第59回東京歴史科学研究会大会を開催いたします。
2025年5月10、11日に大会を開催いたします。詳細につきましては順次更新してまいります。
2025.4.22追記
参加方法について掲載いたしました。
日時
2025年5月10日(土)・5月11日(日)
1日目 個別報告
柴田修平「戦国期公武交渉における天皇文書とその役割 ―綸旨・伝奏奉書・女房奉書―」
鈴木凜「義民像と幕末の民衆意識ー惣五郎物語の流布にみるー」
伊藤静香「加賀藩における「切支丹」表象と「切支丹」認識-堀麦水『寛永南島変』を題材に-」
古川梨子「1920年代の『婦人画報』にみる節子の慈善事業に関する行啓報道ー赤十字社への行啓報道に着目してー」
2日目 委員会企画(13:00~)
テーマ「歴史から問い直す「中央」と「地方」」
・野本禎司「近世旗本領主支配の展開と江戸〈郊外〉」
・中村元「高度経済成長前期の都市地域開発計画と地方都市―新潟市を事例に」
コメンテーター 松沢裕作
趣旨文
政治権力の中央集権化や、中央権力の立地する都市空間の拡大は、歴史研究において注目されてきた事象である。翻って、現代の日本社会においても、これらと関連して種々の問題が生じている。
原子力発電所の地方への偏在や、軍事施設の沖縄への集中は、中央集権化による矛盾が表出した最たる例だといえよう。特に、昨年辺野古への基地移転をめぐり、地域住民の反対にもかかわらず国による代執行が実施されたことは、地方自治の棄損が深刻化したことを危惧させる。首都東京への政治・経済・文化に関する諸機能の一極集中もますます強まっている。人口の増加や開発によって都市の外縁は拡大し、周辺地域社会へも多大な影響が生じている。一方で、地方圏では人口減少とともに地域社会を維持する諸活動の担い手が不足し、あらゆる面で地方の衰退が指摘されている。このように、中央と地方の関係は様々な局面で変化の途上にあり、その矛盾が特に地方で噴出しているのである。
上記の問題関心から、今年度大会では「中央」と「地方」の関係を歴史的に問い直す企画を用意した。一般的に「中央― 地方関係」は、近代以降の社会編成のあり方とされる。これに対して本企画では、「中央」と「地方」という分析概念を、前近代社会の分析にも適用可能なものとして設定する。すなわち、「中央」はその時代の中央権力、及びその中枢機能の所在する都市を表わすものとする。これに対して「地方」は、「中央」による諸影響が
及ぶ場を意味する。各時代における「中央」と「地方」の関係について、主に「地方」の側から問い直すことが本企画の課題となる。
東京歴史科学研究会では、第41回大会(2007年度)以来、「新自由主義時代の歴史学」を基本テーマに掲げ、さらに第46回大会(2012年度)以降は、「生存」や「平和」をキーワードに大会企画を構想してきた。上述した中央集権化による矛盾や地方社会の衰退は、新自由主義的諸政策の下で惹起した問題であるともいえよう。
以上の課題を検討するために、中央権力による政策や官僚機構と、地域社会の動向の双方に目を配りながら研究に取り組んでいる野本禎司氏と中村元氏に報告を依頼した。
野本報告では、旗本が近世領主でありながら江戸幕府の「国家官僚」であるということを前提に、旗本家臣団とその生活領域である江戸「郊外」が、江戸という都市に規定されながら変容する過程を明らかにしていただく。
中村報告では、地域格差問題が顕在化した1960年前後に、中央の政策のなかで「地方」がどのように位置づけられていたのか、その一方で「地方」ではどのように開発政策が展開されたのかについて、新潟市を事例に論じていただく。
当日は、多くの方々のご参加と活発な議論を期待する。
野本禎司「近世旗本領主支配の展開と江戸〈郊外〉」
近世国家・社会において旗本家は、大名家と違い江戸定住を基本とし、近世領主の「役」として幕府運営を担うとともに、関東地域におもに配置された知行所を支配した。5200家程あった旗本家は一万石未満の経営基盤で「役」を果たすため、幕府から大名とは異なる特権を享受するとともに、幕府直轄地の遠国奉行に就任すれば「中央」と「地方」との間で利害調整をおこなうことも任務となった。本報告では、江戸時代の「国家官僚」たる旗本家の家臣団の存立のあり方と江戸周辺地域との関係性に注目して、大会テーマに接近したい。
旗本家の組織の中核たる家臣団は小規模で、「国家官僚」としての旗本の性格や家計悪化によって譜代層は減少して流動化しており、また知行地の村役人層から家臣として一時的に武士身分に上昇し、旗本家政を担う者も存在した。知行地から旗本家臣になる者の多くは、居村から江戸の旗本屋敷に定期的に勤番した。いわば「通勤する武士」が出現したのである。彼らは武士身分となったことで、居宅に武家屋敷=都市空間の象徴ともいえる長屋門を建設しようと志向した。旗本家の家臣団の変容は、その供給元である江戸周辺地域を変容させていたといえる。こうした変容過程は、都市江戸に従属
し、周辺地域が一体化していく過程ともとらえられる。しかし、報告者は、地域からの視点を重視し、都市と農村の両義的地域の固有性を評価する立場から、これを「江戸郊外」として捉え、近代へと続く郊外論として展望した(拙著『近世旗本領主支配と家臣団』吉川弘文館、2021年)。
本報告では、「江戸郊外」の実態をさらに深めるとともに、老中水野忠邦が天保14年(1843)に江戸周辺十里四方を幕府直轄領にしようとした上知令の発布とその失敗の歴史的評価を再検討したい。上知令の失敗については諸説あり、定説をみていない。天保期の幕府政策について、江戸周辺地域の実態をもとに近世領主制と地域社会から再検討を試みたい。そのうえで旗本家臣が江戸周辺地域の村社会に土着した生活の一端を明らかにし、身分制社会に規定されない当該期の江戸周辺地域社会の性格を検討したい。
以上の検討を通じて、幕府政策や領主支配に規定されつつも、それを捉え返し、固有な性格を有する江戸周辺の地域社会の成立(=江戸〈郊外〉)を明らかにしていきたい。そして、江戸〈郊外〉の性格について、明治維新に際して旗本家臣がどのような選択をとるか検討し考察を深めることにしたい。「国家官僚」たる旗本家の知行地が多く配置される江戸周辺地域を対象とすることで、近代に入って成立するとされる「中央― 地方」関係について論じることを試みたいと思う。
中村元「高度経済成長前期の都市地域開発計画と地方都市―新潟市を事例に」
日本近現代史研究における都市史研究では近年、20世紀後半やそれ以降を対象時期とし、方法的には、都市空間の形成や拡張と政治の関係に焦点を合わせる研究が進みつつある。本報告は、以上の都市史の研究潮流に即し中央―地方関係というテーマを受け止め、20世紀後半を対象とする場合に不可避の問題の一つである中央―地方の格差問題に注目する。
20世紀後半期の日本では、1950年代半ば以降の高度経済成長の下で、大都市及びそれに隣接する工業地帯からなるいわゆる太平洋ベルト地帯を中心に工業開発が進み、国民所得倍増計画の検討過程では、経済成長を牽引するため上記の方向をいっそう推進することが検討されていた。これに対しては地域格差の拡大を問題視する強い反発が地方から寄せられる中で、1960年12月に閣議決定された「国民所得倍増計画」の別紙「国民所得倍増計画の構想」では、計画の目的が「国民経済と国民生活の均衡ある発展」にあるとされ、計画実施上の留意事項として「産業の適正配置の推進と公共投資の地域別配分の再検討」が明記された。これにより、当初の太平洋ベルト地帯に重点を置く方向は事実上修正され、1962年には「地域間の均衡ある発展」のための「拠点開発」を掲げる全国総合開発計画(一全総)や、「新産業都市建設促進法」(新産都市法)が提起される。こうした中で地方は、中央からの重点的な公共投資の獲得を目指して「陳情合戦」を展開し、中央に依存する形での地域開発が展開する。
高度経済成長期、特にその前期の中央―地方と格差の問題は、おおよそ以上のように整理し得るが、この過程に「都市」という観点を持ち込むと、次のような論点が浮かび上がる。1950年代半ば以降の高度経済成長期には、太平洋側の大都市周辺で工業開発が進んだ。これに伴い地方からの人口流出と大都市への人口集中により地域格差が拡大する中、政府は当初大都市周
辺での工業開発を推進する姿勢をみせるも、反発をふまえその姿勢を修正し、地方の拠点となる都市の開発により、地域格差の是正を試みてゆく。それでは以上の過程において政府は日本全体の中で都市、とりわけ地方の都市を如何に位置づけていたのだろうか。また中央から位置付け「られる」地方の都市の側は、この位置づけに先立って地域の開発の問題に如何に向き合っていたのだろうか、またこの地方の文脈に即した場合、1960年前後の中央発の地方の都市の開発政策(本報告では、都市地域開発計画として把握する)は如何なる意味を持つものだったのだろうか。
本報告では、以上の問題認識に基づいて、1960年前後の地域格差問題と関連する、中央の側の都市地域開発計画の意味を検討する。その上で、こうした中央の政策が、地方都市にとって如何なる意味を持つものであったのかを、地方都市新潟市の政治と社会に即して捉え返すことを試みる。
会場
早稲田大学早稲田キャンパス3号館602・604教室
参加方法
対面・オンライン併用
参加をご希望の方はPeatixより申込んでください。
参加費 一般1000円、学生(学部生・修士)500円(両日共通)


